Monaco ④ (ミュンヘン ④)

今回のミュンヘン滞在は3泊4日。楽都ミュンヘンに3晩滞在して大人しくしている訳があるまい、との声が聞こえてきそうですが、はいその通りです。3晩、都市文化研究にいそしんでまいりました。

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初日(26日)は、ガスタイクでのミュンヘンフィルハーモニー定期演奏会。元々はロリン・マゼールが指揮するマーラーの第5交響曲をメインとするプログラムだったが、昨夏の急逝にともない、指揮者はダン・エッティンガーに変更、曲目も、モーツァルトのK.488の協奏曲(23番)、25番の短調交響曲の2曲を、プロコフィエフの古典交響曲、ストラビンスキーの「プルチネッラ」で挟む4曲に変更された。エッティンガーを聴くのは、2010年に新国立歌劇場(初台)での「トーキョー・リング(ワーグナーのニーベルンクの指輪の東京全曲公演)」以来だから5年ぶりか。20世紀に作曲された2曲を含め、「古典様式(へのオマージュ)」で統一された当夜のプログラムを、一貫して引き締まったテンポで振り抜いた。最大の呼び物は、ラドゥー・ルプーをソリストに迎えたK.488の協奏曲。ただ、あまりペダルを使わず訥々と音を紡ぐルプーを聴くには3階席はやや遠すぎた。一番指揮者の「らしさ」が伝わってきたのは最後のプルチネッラかな。

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(ガスタイク。1985年に完成したミュンヘンのホール・コンプレックス。大小合わせて4つのホールを持ち、このうち最大の「philharmonie」が、ミュンヘンフィル、バイエルン放送交響楽団共用のホールとなっている。1923年のヒトラーによるミュンヘン一揆の舞台はこの裏手)

 27日は、ヘラクレスザールでのバイエルン放送交響楽団(BRSO)定期演奏会ヘラクレスザールでBRSOを聴くのは高校時代からの夢。ミュンヘンレジデンツ(王宮)の一角にしつらえられたヘラクレスザール(ホール内部にヘラクレスのタピスリーが10枚飾られていることに由来する)は、もともとバイエルン王家(ルートヴィヒ1世)による謁見の間。内部が総大理石のホールは、アコースティックでありながら豊かな残響を持つ、世界でも希有なホール。1985年にガスタイクに移るまではBRSOのメインホールであり、往時の音楽監督ラファエル・クーベリックによる数々の名演と録音が残された。ずっとLPやCDで聴きながら、本当にこんな響きが聞こえるのだろうか?と思い続けてきたが、今回、本当にそうした音響であることに、あらためて驚嘆した。残念ながらキャパシティの問題で、現在BRSOがヘラクレスザールを使う機会は少なく、今回は本当にラッキー。

この日は、ベルリンでも聴いたダニエル・ハーディングの指揮によるモーツァルトの最後の3曲の交響曲(39番~41番)。世界に冠たるBRSOの弦、しかもハーディングは第一Vnと第二Vnを左右に分ける対向配置を採ったため、ヘラクレスザールの音響と音の拡がりを十分楽しむことができた。ただ、アコーギク(速度によるアクセント)を使いたがるハーディングの音楽づくりは今ひとつ馴染めない。たとえば、古典交響曲としての均整美を持つ39番のメヌエットなど、前後の主題部分をものすごいスピードで飛ばし、有名なクラリネットの掛け合いがある中間部のみ中庸なスピードに戻すという演出を行ったが、果たしてどのような意味があるのであろうか。これは、もはや是非論ではなく好き嫌いの問題ではあろうが、無性にワルタークーベリックの演奏が懐かしくなる。その意味で、一番聴きやすかったのは最後の41番だが、これは曲が多分にロマン派的な要素を持っているためか、それとも演奏スタイルに耳が慣れてきたせいか。

28日は、バイエルン国立歌劇場での「ワルキューレ」。バイエルン国立歌劇場でも久々の「指輪」の全曲公演。しかもシェフが、バイロイト音楽祭で現在「指輪」を任されているキリル・ペトレンコとあって、前評判は上々。一旦「完売」とされたチケットが、若干枚数追加で販売され、滑り込みでホールへ。正味の演奏時間が3時間半を越える大曲を、(「騎行」で有名な8人のワルキューレを除けば)たった6人で歌い上げる。しかも、2幕の最終場と3幕冒頭の「騎行」を除けば、オペラのほぼすべてがダイアログ(2人の対話)で進み、出たら歌いっぱなしになるため、歌手には非常に負担のかかるオペラ。歌手はいずれも優れていたが、とりわけ凄かったのがジークムントを歌ったヴォークト(K. F. Vogt)。1幕、2幕を完璧に歌いきり、2幕のカーテンコールで拍手が鳴り止まず、投げキスの挨拶を客席にして幕の後へ消えていった。「対立する言葉の応酬」と音楽のアクセントを上手にシンクロさせつつ、大きな音楽の波を構築していくペトレンコの手腕は流石。17時に始まった公演は、2回の休憩を挟んで22時05分に終演。

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バイエルン国立歌劇場。マクシミリアン1世によって創建された歌劇場は第二次世界大戦で焼失し、1963年に再建された。)

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 (Vogt(写真右の男性)がまたいい男である。敵に追われ、敵の妻となっていた妹を愛し、「結婚と貞節の女神」である義母の逆鱗に触れ、最後は父に裏切られて殺される悲劇的なジークムント役は、やはりいい男が演じないと格好がつかない。女性は、妹のジークリンデ役のA. Kampe)

 

余談めくが、一昨年がバイエルン国立歌劇場の再建50周年。これを記念して刊行された「記念誌」が売店で販売されており、逡巡した末、買わずに帰る。記念誌は、50年間の出来事を、1月1日から12月31日までの365日のエピソードに分け、50のエピソードのうち最もトピカルな内容を写真とともに掲載するという洒落た構成。ところで、50年間の「3月14日」の「代表」に選ばれたのが2011年の福島第一原発の爆発。ドイツが脱原発に舵を切っただけでなく、当のバイエルン国立歌劇場自体も、同年秋に予定していた来日公演を「楽団員のボイコット」によって中止の瀬戸際に追い込まれただけに、間違いなく大きなニュースである。この来日公演は、約80人の補助団員を入れて何とか実施された。

独歌劇場の80人、日本公演拒否 | 国内 | Reuters

 ちなみに、前日のハーディングは、3/11の震災当日、新日本フィルハーモニーを指揮するために東京・両国のトリフォニーホールにいてゲネプロ中に震災に遭い、当夜、約100人の聴衆を前にそのまま演奏会を実施したというエピソードを持っている。

NHK総合で、3.11ハーディング指揮定期演奏会 特別番組放送 : 新日本フィルハーモニー交響楽団 New Japan Philharmonic