Gentrificazione (ジェントリフィケーション)

6日間、シチリアカターニアを中心に、いくつかの都市をまわり、再開発をめぐるヒアリングを行う。基本イタリア語のみのカターニア大学・C先生へのヒアリングは、前回「通訳」してくれた大学院生のTさん(イギリスへ2年留学)が飛行機の欠航で調査先から戻れず、単独インタビューになる。「This case is...」の後がイタリア語になるC先生と、「Penso che questo quartiere sia la zona particolare, ma questi sono ...(この地区は典型的な地域だと思いますが、こちらでは....)」以下が英語になる私との珍妙な会話は2時間に及んだが、専門用語の多くは英語に近いので、基本的な形容詞、副詞が分かれば話はなんとか通じる。Gentrificazioneは典型例で、英語ではGentrificationである。

ジェントリフィケーションは、居住者、入居企業、店舗の「高質化」を意味する。不動産を更新(改築、リノベーション)し、家賃を上げることで、オーナーは更新費用をまかない、不動産としての建築物の資産価値を維持する。一方、従来の居住者層が経済的に住めなくなるという社会問題が発生しやすい。カターニアでもこうした問題は発生している。その代表例は、市が主導して立ち退き・立て替え型のジェントリフィケーションを進める中心部のSan Berillo地区で、低所得層による空き家の不法占拠を防ぐため、立ち退きが住んだ家屋の入口をセメントで塞ぐ独特な光景が見られる。

Catania (カターニア) - Dov'e il centro urbano?

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(典型的な立ち退き・立て替え型ジェントリフィケーションが進むSan Berillo地区)

一方、道路に面した部分(地上階=piano terra。イタリア含め欧米では1F=primo pianoが日本でいう2F)のみをジェントリフィケーションし、地上階のみの家賃上昇分を更新費用に充てることで、上層階に住む「住民の追い立て」を最小限に抑えるタイプも存在する。1F部分をレストラン街に更新しつつあるvia Santa Filomena(サンタ・フィロメナ通り)や、アトリエ・画廊などアート系のテナントを集積させつつあるvia San Michele(サン・ミケーレ通り)はその代表例となる。これらのジェントリフィケーションの特徴は、街路の地主達による「自主的な資産保全策」として計画された民間事業であり、行政には何も依存していない点である。

もちろん、歴史的景観保全の視点から、地上階の現状改変には事細かい許認可が必要となり、その過程では行政を「味方につける」必要は多々生じる(最後は袖の下だ、というひそひそ話もあった)。しかし、行政からの補助金などは何もない。「行政とは本質的には抑制的に作用するプレイヤー」なのだ。日本の地方都市は、行政がさまざまな補助金メニューを準備するし、地主も最初からそこに期待する。そして、結局はメニューに沿った通り一遍の「近代化」しかできないケースがあまりにも多い。「なぜ、日本の再開発は行政が首を突っ込むの?地主自身の資産保全の話でしょう?」と、C先生の突っ込みはなかなか厳しい。

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(地上階部分をレストランに更新しつつあるサンタ・フィロメナ通り。上層階に住むカターニア大の学生や市場の従業員はほとんど移動せずに済んだという)

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(アート系のテナントを意図的に集め、集積を形成しつつあるサン・ミケーレ通り。スリランカ系移民が多く住む地区だが、この地区でも上層階の住民の「入れ替え」はあまり無いという)

結局、ジェントリケーションには3つのタイプが存在する。1つ目は、San Berillo地区に代表される立ち退き・立て替え型、2つ目は、建物の旧住民、テナントを一旦立ち退かせ、建物そのものは残しつつも内部の全面的なリノベーションを行うタイプ、そして3つ目が、上下分離型(地上階のみのリノベーション)である。そしてイタリアでは、どの選択肢を採用するかの鍵を握る要素は、建物の耐久性であると感じた。

たとえば、立ち退き型が進むSan Berillo地区は、17世紀末の大地震以降に「急ごしらえ」された建物が多く、しかもその一部は、第二次大戦の空爆で破壊されている。こうした地区では「立て替え」しか再開発の選択肢は残されていない。一方、1970年代以降、歴史的景観に対する保全意識が高まったことで、耐久性に問題の無い歴史的建築群の立て替えは厳しく制限されている。この場合、地主は、全面的(立ち退きをともなうジェントリフィケーション)か部分的(地上階のみ)かはさておき、建物の外観には手を加えないリノベーションを選択するしかない。

現在、カターニア(多くのイタリアの都市)で問題になっている移民の居住問題は、開発にともなう市内での居住地移動の問題以前に、増加しつづける移民の居住環境をどう確保するかにあるという。カターニアの場合、2002年~2012年の10年間で最も増えた移民の送り出し国は、意外なことにルーマニアである。ルーマニアがEUに加盟したことで、域内での人的移動の流動性が高まったことが大きい。歴史的には東ローマ帝国の末裔。そうした親近感もあるのかもしれない。カターニア市では、郊外のLibrinoに大規模な公営団地を設け、所得に応じて市バスの無料パスを給付するなど低所得層の足の確保を図っている。

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(中心市街地南部のPiazza Cutelli近くにある古いアパート群。San Berilloなど中心市街地のジェントリフィケーションで立ち退いた住民が多く流入している)

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 (ルーマニア移民が多く集まるvia Marchese di Casalottoには、新たにルーマニア領事館が設けられた。周囲の景観に溶け込みつつも1層で新たに建築された領事館は、この地域のランドマークとなっている)

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(中心市街地から約5kmにあるLibrino地区の大規模郊外住宅地。中心市街地とは市バスで結ばれているが、低所得層が多く、無料パスの交付率が高いという。団地全体の設計を丹下健三氏が手がけており、「Librinoを創った日本人建築家」としてよく知られている。3月にカターニアを訪ねた折、カフェで「日本人か?Kenzo Tangeを知っているか?」と訊かれて面食らったが、ようやく事情が飲み込めてきた)