Viaggio nel Costa di Darmatia ⑤ Trogir (ダルマチア海岸への旅 ⑤ トロギール)

スプリットが「最終目的地」の筈だったが、空路ナポリへ戻るためのスプリット空港が、スプリットではなく隣町のトロギールの近郊にあるとのこと。トロギールは、スプリットの西約25km、高速バスで40分ほどの距離になる。

トロギール旧市街は、東西400m、南北250mほどの方形をしている。ギリシャの植民都市として発達した当初は本土の一部(半島)だったが、ローマ時代に防衛上の目的で開削された人口水路によって切り離され、「島」状の囲郭都市となった。7世紀からは、スプリット同様にスラブ人の侵入から避難したサロナ人による都市建設が進められたが、その本格的な発展は13世紀にベネチアの支配下に入ってからである。ギリシャの植民都市に典型的な直交型の道路配置、ローマ時代に開削された水路(南イタリアのタラントと似ている)、ベネチア共和国による数々のロマネスク、ベネチアン・ゴシック、バロックの建築物が相俟って、これもまた世界遺産に指定されている(と、現地へ行って初めて知った)。

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トロギール旧市街の入口。手前が本土側で、旧市街との間にある水路は人工的に開削されたもの)

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(水路は、現在プレジャーボートの係留地として重宝されている。左奥はベネチア時代に設けられたサン・マルコ砦)

なにはともあれ、街で最も高い(最も大規模で、カテドラルとしての機能を持つ)サン・ローレンティウス(聖ロヴロ)教会の鐘楼に上る。コルチュラ、スプリット、トロギールと毎日のように鐘楼に上っているが、この規模の街は、鐘楼の上から眺めると最も構造が良く理解できる。

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ルネッサンス様式の教会に、ベネチアゴシック様式の塔が後から加えられた。典型的な折衷様式の聖ロヴロ教会)

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(旧市街の北東にある聖ロヴロ教会の鐘楼から見た南西方向。旧市街をほぼ対角線で望見することにある。正面の海峡は天然の水路で、正面の島は基幹産業である造船業を持つチオヴォ島)

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(チオヴォ島のドックヤード。反対側(外海側)に向けて、5万トン級の大型船を2隻同時に建造できる能力があると言われている。旧市街の向島に造船基地があるという構図は、どこか尾道因島に似ている)

トロギール文化遺産の「象徴」とされるのが、聖ロヴロ教会の正面を飾る、クロアチア人の彫刻家ラドヴァンの彫刻。ラドヴァンは、ベネチアのサン・マルコ聖堂の彫刻も手がけており、その様式は非常に似ている。

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(コルチュラとは異なり?教会正面のアダムとイブは整然と直立しているが、礼拝室の天井には意表を突かれる)

コルチュラもスプリットも然りだが、街の中には「英語」で書かれた不動産売却の看板が目立つ。ドゥブロブニク同様、不動産価格の高騰、(お金持ちの)欧米資本の流入、さらなる不動産価格の高騰(旧市民の郊外流出)というサイクルが進んでいる様に感じる。

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スプリット空港は、トロギール旧市街から東(スプリット方向)に6kmほど戻った場所にある。空港へは、スプリットへ向かう長距離バスのほか市内バスも運行している。スプリット空港は、ダルマチアの北の玄関口であり、2つの世界遺産都市が控えていることから、地元クロアチア航空のほか、西欧諸国の格安航空会社がいくつか乗り入れている。スプリット~ナポリ間も、イギリス系のEasyJetが2日に1便運行している。もともと、ロンドン~ナポリの往復便だが、間合いを利用してナポリ~スプリットで一稼ぎするらしい。

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 機窓から見たスプリット旧市街(ディオクレティアヌス宮殿)とダルマチア式海岸。後者は、飛行機から見て、初めて「ああ、やはりこう言う地形か」と納得する。往路は16時間かかったナポリ~ドゥブロブニク間、帰路はわずかに50分。

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